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<title>日だまりのCafe日記・信仰編</title>
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<description>闇に輝く希望の光を求めて－ホンネのクリスチャン・ライフ</description>
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<title>主の忍耐</title>
<description> マタイの福音書とマルコの福音書を続けて読み、気づいたことがありました。イエスさまのことばを拾っていくと、ひとつの福音書の中にも、弟子たちに対して同じようなことを繰り返し、話されています。繰り返して話されたからこそ、ずっと後になって書き記すこともできたのでしょうけれど。偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。人の先に立ちたいと思う者は、しもべになりなさい。弟子たちの間でも、他の弟子より偉
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<![CDATA[ マタイの福音書とマルコの福音書を続けて読み、気づいたことがありました。<br />イエスさまのことばを拾っていくと、ひとつの福音書の中にも、弟子たちに対して同じようなことを繰り返し、話されています。<br />繰り返して話されたからこそ、ずっと後になって書き記すこともできたのでしょうけれど。<br /><br />偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。<br />人の先に立ちたいと思う者は、しもべになりなさい。<br /><br />弟子たちの間でも、他の弟子より偉くなりたい、先に立ちたいという思いが絶えずあったのでしょう。<br />ひとり、十字架を心に抱きながら、イエスさまは、なかなか理解してくれない弟子たちに繰り返し、教えられたのです。<br />現代の私たちも同じかな・・・。<br />イエスさまが人としてどのように生きられたか、どのようにして私を救ってくださったのかを知っているはずなのに、人に仕える、しもべになる、というのがむずかしい。<br /><br />もうひとつ心に留まったのは、信仰ということ。<br />からし種ほどの信仰があれば、山も動く、とイエスさまは言われました。<br /><br />クリスチャンです、などと言いながら、信じ切ることができていないと思うことがあります。<br /><br />それでもなお見捨てることなく、導こうと、手を差し伸べ、手を取ってくださるのです。<br />主の忍耐あればこそ、です。<br /><br /> ]]>
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<dc:subject>日々想うこと</dc:subject>
<dc:date>2009-11-24T19:39:27+09:00</dc:date>
<dc:creator>Mercy</dc:creator>
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<title>富の翼</title>
<description> 箴言23:4-5富を得ようと苦労してはならない。自分の悟りによって、これをやめよ。あなたがこれに目を留めると、それはもうないではないか。富は必ず翼をつけて、鷲のように天へ飛んで行く。聖書には時々おもしろい表現がありますね。富は翼をつけて、鷲のように飛んで行く・・・ドル札に翼がついている絵が思い浮かびます。もしかして、羽の生えたドル札は、ここから来ているのかな。鷲ではなく、ねずみ算というように家の中でどん
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<![CDATA[ <blockquote><p>箴言23:4-5<br />富を得ようと苦労してはならない。自分の悟りによって、これをやめよ。<br />あなたがこれに目を留めると、それはもうないではないか。富は必ず翼をつけて、鷲のように天へ飛んで行く。</p></blockquote><br />聖書には時々おもしろい表現がありますね。<br />富は翼をつけて、鷲のように飛んで行く・・・<br />ドル札に翼がついている絵が思い浮かびます。<br />もしかして、羽の生えたドル札は、ここから来ているのかな。<br />鷲ではなく、ねずみ算というように家の中でどんどん増えてくれればいいのですが。<br />いずれにせよ、とても実感のあふれた表現だと思います。<br /><br />でも人間というのは、それを知っているから、その鷲をひもでしばって集めます。<br />ここでまた連想するのは、おとぎ話の鴨とりごんべいです。<br />欲を出してたくさんのかもをとろうとして、いっせいに飛び立った鴨にぶらさがったまま空中飛行。<br />さんざんな目に遭ってしまいます。<br />これもまた、実感がありますね。<br /><br />よく手入れした庭の木に、自然に小鳥が集まってきてさえずりを楽しんでいるようなイメージで、富とつきあっていけたらいいだろうと思います。 ]]>
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<dc:subject>バイブル＆ライフ</dc:subject>
<dc:date>2009-11-23T21:54:37+09:00</dc:date>
<dc:creator>Mercy</dc:creator>
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<title>私の舟に乗り込んで</title>
<description> 教会からの帰り道、アメリカのベツレヘム・バプテスト教会、ジョン・パイパー牧師の説教を聞いていました。マルコの福音書６章から。よく知られる5000人の給食、そしてイエスさまが湖の上を歩いて、弟子たちの船に乗り込まれたというエピソードです。パイパー牧師が、こう語っていました。イエスさまは、単に十分な食事を与えただけではない。私の舟に乗り込まれるのです。He is in my boat!英語には、in the same boat　というイ
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<![CDATA[ 教会からの帰り道、アメリカのベツレヘム・バプテスト教会、ジョン・パイパー牧師の説教を聞いていました。<br />マルコの福音書６章から。<br />よく知られる5000人の給食、そしてイエスさまが湖の上を歩いて、弟子たちの船に乗り込まれたというエピソードです。<br /><br />パイパー牧師が、こう語っていました。<br />イエスさまは、単に十分な食事を与えただけではない。<br />私の舟に乗り込まれるのです。<br /><br />He is in my boat!<br /><br />英語には、in the same boat　というイディオムがあります。<br />We are in the same boat.　と言えば、我々は、同じ境遇［立場・苦境・運命］にある、行動［運命・危険］を共にする、運命共同体である、一連托生である、という意味になります。<br /><br />そうか、イエスさまは、私の人生に乗り込んで、苦しみもともにしてくださるのだ、そう気がつきました。<br /><br />この聖書の箇所では、本職の漁師でさえ舟をこぎあぐねるような向かい風であったが、イエスさまが舟に乗り込まれると、風がやんだと記されています。<br /><br />運命をともにすると言われても、力がなければ、一緒に波に沈んでしまいます。<br />でも、私たちを飲み込もうとする風や波をも支配する方が一緒にいると約束されているのです。<br /><br />マルコ6:51-52には、弟子たちの「心中の驚きは非常なものであった。彼らは、まだパンのことから悟るところがなく、その心は固く閉じていたから」とあります。<br />耳が痛いなあと思いました。<br />なかなか悟らない自分の姿が見える。<br /><br />それでもなお見捨てずに一緒にいてくださる方、それがイエス・キリストなんですね。 ]]>
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<dc:subject>バイブル＆ライフ</dc:subject>
<dc:date>2009-11-22T22:19:58+09:00</dc:date>
<dc:creator>Mercy</dc:creator>
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<title>みこころのままに</title>
<description> 箴言21:1王の心は主の手の中にあって、水の流れのようだ。みこころのままに向きを変えられる。もう10年も前のことでしょうか。所属していた教団のサマーキャンプで、海外に宣教師として派遣されていた方のお話を聞きました。箴言21:1のことばによって、その働きにつくことを決心されたそうです。「私は、王というような者ではありませんが・・・」とおっしゃっていましたが。ふと、美空ひばりさんの「川の流れのように」を連想しま
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<![CDATA[ <blockquote><p>箴言21:1<br />王の心は主の手の中にあって、水の流れのようだ。<br />みこころのままに向きを変えられる。<br /></p></blockquote><br />もう10年も前のことでしょうか。<br />所属していた教団のサマーキャンプで、海外に宣教師として派遣されていた方のお話を聞きました。<br />箴言21:1のことばによって、その働きにつくことを決心されたそうです。<br />「私は、王というような者ではありませんが・・・」とおっしゃっていましたが。<br /><br />ふと、美空ひばりさんの「川の流れのように」を連想しました。<br /><br />自分が一生懸命にやっていると思うほど、人の意見に耳を傾けるのが難しくなるし、方向転換をするにも抵抗が出てくる気がします。<br />そんな時、自分は水の流れのように、みこころに身を任せていればいいんだと思い直すことで、いい方向へ進めるのでしょう。<br />少し、頑固を捨ててみよう。<br /><br /><br /> ]]>
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<dc:subject>バイブル＆ライフ</dc:subject>
<dc:date>2009-11-21T22:41:21+09:00</dc:date>
<dc:creator>Mercy</dc:creator>
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<title>すでに受けたと信じる</title>
<description> マルコ:11:23-24まことに、あなたがたに告げます。だれでも、この山に向かって、『動いて、海に入れ』と言って、心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります。 だからあなたがたに言うのです。祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになります。ずっと前のこと、教会の会堂のことで、祈っていました。この聖書の箇所を支えに。そのときは、祈ったと
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<![CDATA[ <blockquote><p>マルコ:11:23-24<br />まことに、あなたがたに告げます。だれでも、この山に向かって、『動いて、海に入れ』と言って、心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります。<br /> だからあなたがたに言うのです。祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになります。</p></blockquote><br />ずっと前のこと、教会の会堂のことで、祈っていました。<br />この聖書の箇所を支えに。<br /><br />そのときは、祈ったとおりにはなりませんでした。<br />ますます状況は悪くなるように見えました。<br />がっかりしました。<br /><br />しかし、数年後、私たちの願いを超えて、願ったものは与えられました。<br /><br />「祈って求めるものは何でも」と言われているのに、なんとなく遠慮してしまうことがあります。<br />実は、遠慮ではなくて、不信かもしれません。<br />ほんとうに良いものを求めるには、自分自身が全身全霊を尽くさなければならない、そのことへの恐れや不安もあるでしょう。<br />何もしないで、のらりくらり過ごしながら、大きなことを求めて祈ることはできませんから。<br /><br />山が動くようにと祈れるくらいに、神様の近くにいたいと思います。<br /> ]]>
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<dc:subject>バイブル＆ライフ</dc:subject>
<dc:date>2009-11-20T17:41:39+09:00</dc:date>
<dc:creator>Mercy</dc:creator>
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